台風明け、四国山地の北側は曇り空だったが、県境を越えて高知に入るとすがすがしく晴れていた。所要を済ませ、太平洋を見に行った。長く続く砂浜に白波が打ち寄せては、大海原へと引いてゆく。ゆっくりと呼吸するように、波の音だけが響いている。波打ち際の砂の上に座り、しばらく、美しい海と空の鼓動に瞑想していた。
(般若心経)
仏説 マハー-プラジュニャー-パーラーミター-スートラ
宇宙の根源・遍在する実在に接し
大自然の活動を自在に観察している
菩薩がおられる
菩薩が
プラジュニャ-・パーラーミター
(大智慧に至る境地)を
深く行じていた時
自然現象界は五つの要素
(色・受・想・行・識)の集まり
ばかりであることを照らし見た
しかも、それらの実体は「空」
であるということを徹見され
一切の苦しみを超越された
色(形象・物質)は
「空」に異ならず
「空」は色に異ならない
色すなわち「空」
「空」すなわち色である
感受も思索も衝動も認識作用も
そのとおりである
大自然が活動している一切の法は
「空」の様相を呈している
それらは生まれることも
滅することもない
垢つくことも
清浄であることもない
増えるということも、
減るということもない
それ故に「空」の中には
色も無く
受も想も行も識も無い
眼も耳も鼻も舌も身も意識も無い
その対象の
色も声も香りも味も触も法も無い
眼の領域から意識の領域に至るまで
何も無い
道理に暗く迷いの原因である
無明という状態は無く
無明という状態が
尽きるということも無い
老いるということも
死ぬるということも無く
老いや死が尽きるということも無い
苦しみがあるという真実も
苦しみが集まる原因も
苦しみが消滅された境地も
苦しみを消滅させる道も無い
智るところも無く
得るところも無い
この無所得の故に
菩薩は
プラジュニャ-・パーラーミターに
依るが故に
心に障りが無く
執われも妨げも無きが故に
恐怖ということが無く
心を転動させる夢や
想念から遠く離れ
ニルヴァーナ(涅槃)という
境地に住しておられる
過去、現在、未来に在住する
ブッダたちは
プラジュニャ-・パーラーミターに
依るが故に
真理である「さとり」を証する
覚智を得るのである
それ故に知るべし
プラジュニャ-・パーラーミターは
大いなる神の真言
大いなる智慧の真言
無上の真言、無比の真言
よく一切の苦しみを除き
真実にして虚しからざるものである
故に
プラジュニャ-・パーラーミター
によって、この真言は説かれる
「ガテー、ガテー、パーラガテー
パラサンガーテー
ボーディ・スヴァハー」
(行く、行く、彼岸へ行く
完全一体、さとりの智慧よ
成就あれ)
ここに悟りの智慧の真髄が完成する
(覚者ブッダが説いた般若心経/意訳2020.10)
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