四国八十八ケ所の霊場の中で、標高500m以上にある山岳霊場は9カ所ある。今ではほとんど車で近くまで行けるようになった。歩き遍路にとって山岳霊場への道のりは厳しい。自然の息吹が清らかにある霊山では、瞑想の効果をより高めることが出来る。行者は、山の霊場で「ホトケ」と対峙し、真実の自己を見つめる。参考までの遍路回想備忘録。
◌第12番 摩廬山 焼山寺(まろざん、しょうざんじ)標高800m
阿波の霊場。第11番「藤井寺」の藤棚の下で野宿。翌朝「遍路ころがし」と呼ばれる山道を、約7時間歩いて「焼山寺」に到着した。石段を登り山門をくぐると、霊場には杉の大木がそびえ立ち、幽玄の気が漂っている。
昔、この山を訪れた空海が、村人を苦しめていた火を噴く悪蛇を「虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ=無限の福智)」の剣で岩に封じこめたという伝説がある。
宿泊を申し出ると、宿坊に泊めてもらえることになり、夜、住職さんに話を聴くことができた。静かな山の夜、遍路の途上で聴く法話は格別であった。何ものにも執われない「空」のこころ―「ホトケ」の道は「我」を捨ててゆく道―大師の「心」―「今」を生きること―など。宿泊客はただ一人。静かな霊山の夜、虚空蔵菩薩を慕って就寝に着いた。
翌朝、すがすがしい山の空気―。「朝起きて、トイレに行き小便をする。ああ、今日も生きておられた。ありがとうございます。」それが般若心経の心だと住職さんが言われた。(車だと霊場近くの駐車場に止めて参拝出来ます)
◌第20番 霊鷲山 鶴林寺(りょうじゅざん、かくりんじ)標高550m
雨も上がり、ふもとの登山口から約4km、途中道なき道、背丈ほどあるカヤの中、雨に濡れた草をかき分けながらずぶぬれになって霊場にたどり着いた。
鶴林寺」本堂入口の左右には阿(あ)と吽(うん)の「鶴」の像が立っている。昔、この山で空海が修行していた時、2羽の鶴が黄金に輝く小さな地蔵菩薩を守護しているのを見た。空海は地蔵菩薩を木で刻んでその胸に、その黄金の菩薩を
安置したと伝えられている。
参拝を終え、暮れなずむ境内、全身びしょぬれのまま、一人途方に暮れていた。
「ふもとまで乗っていきませんか…。」ふりむくと、小さなおじいさんが心配そうにこちらを見ていた。遍路ではお接待は断ってはいけないと聞いていたし、何よりも疲れ果てていた。フラフラとおじいさんについていくと、車の中におばあさんがいた。二人でお四国を巡礼しているのだという。おじいさんは、大変気を使ってくれ、くねる山道を下り、ふもとの民宿まで乗せて行ってくれた。大師の救いか、2羽の鶴の恩恵か。老夫婦に感謝。困った時に、助けられるということのありがたさをしみじみと知った。
◌第21番 舎心山 太龍寺(しゃしんざん、たいりゅうじ)標高610m
民宿竜山荘から「太龍寺」までは約4.4㎞。深い木立の山道を登っていった。途中「北舎心」という岩山の行場を巡る。石の門柱を過ぎると大きな本坊がある。長い廊下の天井には巨大な竜の絵が描かれている。更に石段を登っていくと多宝塔がそびえ、それを囲むように本堂と大師堂が建っている。
この山で空海は「虚空蔵求聞持法(こくぞうぐもんじほう)」を修行していた。
虚空蔵菩薩の真言を百万遍唱えると、一切のホトケの教法を会得できるという修行らしい。本堂の横に苔むした屋根の求聞持堂がある。更に奥に「南舎心」という霊域がある。その日は、高台にある多宝塔の縁側で1日瞑想して過ごした。木立に白い霧が漂いはじめ、あたり一面幽玄な気が漂う。しばらくすると雨が降り出した。雨の音を聴きながら瞑想は続く。いつしか身も心も大空に溶け入り広がってゆく。雨が降っているのに「光る空」に包まれているような言いようの無い境地を体現していた。夕刻、暗くなって来たので、再度本堂へ行き、般若心経を唱え虚空蔵菩薩を念じた後、土間の隅っこにゴザを敷いて、タオルケットにくるまって横になった。
夜いつ時か、夢うつつか、真っ暗な堂内に灯りが舞って、数珠を繰る音が数秒ほど聞こえた。次の日は雨も上がっており、何か蘇ったような新しい朝であった。(現在では、ロープウェイで登ることが出来ます/全長2,775m西日本一の長さ)
◌第27番 竹林山 神峯寺(ちくりんざん、こうのみねじ)標高500m
土佐の霊場に入り、太平洋沿いに長い長い海岸線を歩いた。2日間「空と海」を見ながら歩き、室戸岬に着く。空海が修行していた「みくろど」という洞窟を探検し第24番「最御崎寺(ほつみさきじ)」の宿坊に泊まった。翌日更にいくつかの霊場と岬を巡る。その日は「神峯寺」の登り口近くにある「とおの浜」という砂浜で野宿した。素晴しい月の夜だった。
翌早朝、真っ縦(まったて)と呼ばれる
急勾配の坂を約4km登ってゆく。幕末、岩崎弥太郎(三菱財閥創業者)の母が、この坂を21日間往復してわが子の出世を祈願したといわれている。霊場は山の斜面にあり本尊は「十一面観世音菩薩」。石組から流れる小さな滝の音が心地よい。
「まあ、朝早くから。ゆっくりしていきなさい。」住職さんが声をかけてくれて本坊に案内してくれた。山の中の別荘のような部屋、奥さんがお茶とお菓子を出してくれた。静かな早朝の山、美しい山水の境内をながめ、遍路の身ながら心温まる至福のひとときであった。山を降りて行くとき、太平洋の水平線が円く見え、地球に住んでいることを実感する。
次の霊場へ向かう途中、仙人風のお遍路さん「四国ルンペン」という人と出会った。四国に一文無しで渡って来て、托鉢(たくはつ)しながら巡礼している世捨人である。その方と一緒にしばらくの間、遍路道を歩いて行った。
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