四国は高知の神仙・宮地水位氏(1852~1904年)の事を知ったのは、20代の初期四国遍路の途上、土佐の山奥で山ごもり修行をされていたG師を訪ねた時だった。
霊峰石鎚山の南に連なる手箱山に、神仙界に通じる入口があるというのである。宮地水位氏はそこから何度も「神仙界」に旅をし「異境備忘録」という書物を記している。G師も手箱山で修行をしたと言われていた。その話を聞いてからは、私も何度か手箱山に登って修行をしたことがあった。登山ルートは愛媛の土小屋からと高知の池川からの道とがあり、2ルートとも行ってみたが、たいていは1泊2日(テント)の日程で登った。G師によると手箱山の隣にそびえている筒上山の方がその霊域への入口であるという。
筒上山(標高1860m)の修験登山については話せば長くなる。ある年の5月満月の日の修験は格別であった。毎年、5月の満月の夜には、ヒマラヤ山中のある秘所で「ウエサク祭」という祝祭が開催される。その祭にはブッダやキリスト、多くの聖者が現れ、巡礼者たちを祝福し秘儀を授け、地球上のあらゆる生命の進化を鼓舞すると云われている。そのウエサク祭の日に筒上山に登ってみたかったのである。ちなみに日本では、京都の鞍馬山(地球霊王サナートクメラを祀る)で毎年ウエサク祭が行われている。
筒上山の山頂からのながめは360°全方位雄大な四国山地が見渡せる。宮地水位氏が伝えている神仙界への入口とは?、神仙たちが音楽を奏で天女が舞い踊るという舞曲台は何処にあるのだろうか…。山頂あたりを散策していた。天気は上々、石鎚山の向こうに夕日が沈むのと同時刻、手箱山から大きな満月が昇ってきた。その壮大な光景は筆舌に尽くしがたい。その日は山頂で満月に向かって瞑想し一人夜を明かした。一面の笹原が月明かりに照らされて、時々吹く風に静かな音色を立てて揺れる。山頂で過ごす満月の夜は神秘的で荘厳である。ヒマラヤ・ウエサク祭の霊視は難しいことであったが、実際に何ともいえぬ美しい静けさ…大自然のとてつもなく大きな力がゆっくり、ゆっくりと、瞬間、瞬間と、力強く山々を動かす。それがすべての生命を生かし輝かせているような不思議なバイブレーションを感じた夜であった。
宮地水位氏は300冊以上の書物を執筆されている。どれも秘伝を含む霊書と呼ばれ、一般には出回っていない。現在では、八幡書店から水位氏の一部秘蔵本と関連資料が発行されているが、明治時代に執筆されていることや神仙道の実践を伴う教えであるということから非常に難解である。山のG師は、その宮地神仙道も修行されておられた。そこには仙人の呼吸法や霊胎の創造、魂で旅をしたり霊的に然るべき用事を実施する方法などがあるという。G師の話は、古神道、密教、修験、遍路、ヨガ、秘教、宇宙人、古代文明、預言、占い、社会情勢など話題が絶えず、祈祷による救済といっていいのか一人山の奥で修行生活を送られていた。
当時、私は遍路から帰りG師を何度も尋ね教えを乞うていた。その頃は、愛媛からだと車で国道32号線、33号線、194号線、どれを通っても5~6時間はかかる高知の山奥である。友が友を呼び20代の若者たちがG師を訪ねていった。それが今でも懐かしく、心の支えにもなっている。訪ねる度、この世の者ではないというような、非日常的でワクワクする感じに満たされていたのである。
そんなことを思い出し、先日、宮地水位氏の秘蔵資料はないものかと、今年オープンしたばかりの県立「オーテピア高知図書館」へ行ってみた。高知の資料コーナーに水位氏の「神仙道術篇」や関連の資料が置かれていた。トキメキながら早速借りて来た。今は亡きG氏の教えを偲び、もう一度、じっくりと読んでみようと思っている。 2018.12.30
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